フェルマーの最終定理―ピュタゴラスに始まり、ワイルズが証明するまで

350年の時を経て成し遂げられた、数学の歴史的快挙を題材としたドキュメンタリー。本のタイトルにもある「フェルマーの最終定理」を解き明かすという潮流に存在した、沢山の人間や定理、それらにまつわる出来事がドラマティックに描かれており、仮に物語としてみたとしてもとてもよく出来ている良書だと思います。
本書を読み進め、まさにフェルマーの定理が証明されるまでに近づいてくると、まるで自分もその歴史的証人の一人になったような感覚に捉われ、はやる気持ちを抑えられず次のページをめくるのが待ち遠しくなってきます。(ちなみに本の中では証明そのものの詳細は述べられていません。あくまでも証明の骨格のさらに概要のみというくらいですが、この本の本来の趣旨を考えればそれは妥当だと思います。)
昔、数学の証明問題を解いた時に、ある種の爽快感を経験したことが誰しも一度くらいはあるかと思います。曖昧さや矛盾を一切許されない世界で、理論を構築できたときの快感。コンピュータのプログラムも同様の性質をもっており、プログラムが自分の意図したとおりの動作をしたときには快感を覚えます。私も含め理系の道を選んだ人がその理由として「理論が描く美しさ」に惹かれたから、という考えが根底にある人は多いと思います。
数学の嫌いな人はこの本を手に取りにくいかも知れませんが、普段数学に縁が無い人ほど読んで欲しい本です。こういう世界感が世の中にあるのだということを知るために。(私も普段仕事で数学に接する機会は実際ほとんど無く、この本を読んで改めて高校生の時の感覚を思い出していたくらいですから。)本書はこの壮大で難解なストーリーを、数学が苦手な人でも可能な限り容易に理解できるよう、簡素化した例や実世界の例を用いた説明を適度に使うことで噛み砕きつつ、説明したい事の本質をちゃんと述べています。(P184あたりからの「完全で無秩序な数学体系を作るのは不可能だ」と主張する「ゲーテルの不完全性定理」について、「嘘つきのパラドックス」という形で説明するところなど、とてもわかりやすいです。)
ここまでの文章を作り上げた著者および訳者の苦労は並大抵のものではなかったでしょう。とはいえ、気軽に読める小説よりはちょっとだけ頭を使うので、筆記用具を手元に置きながら読み進めると、より理解が深めやすいと思います。巻末にある「補遺」(補足説明)は、本文を読んだ後に単体で読んでも興味深く。頭の体操にもってこいです。元々は実際のドキュメンタリー番組があり、それを書籍化したものということなので、その放送を見てみたいところです。映画化もされるといいなぁ。

印象に残った言葉(本文から引用):
P259ワイルズの仕事の進め方に関して

「大事なのはどれだけ考え抜けるかです。
(中略)
新しいアイデアにたどりつくためには、長時間とてつもない集中力で問題に立ち向かわなければならない。その問題以外のことを考えてはいけない。ただそれだけを考えるのです。それから集中を解く。すると、ふとリラックスした瞬間が訪れます。そのとき潜在意識が働いて新しい洞察が得られるのです」

フェルマーの最終定理―ピュタゴラスに始まり、ワイルズが証明するまで

フェルマーの最終定理―ピュタゴラスに始まり、ワイルズが証明するまで